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あの日 カサブランカで
第4章 ー再会ー

「あのう…」

「え?」

 口ごもる麻美をいぶかしそうに村木野が振り向いた。

「お部屋は… ひとつですか?」

「別々のほうがいいですか?」

 恥ずかし気に訊ねた麻美に、村木野が優しく応える。

「いいえ… お邪魔じゃなければ一緒がいいです」

 麻美が顔を上げてはっきりと気持ちを伝えると彼はゆっくりとうなずいて微笑み、麻美の顎をそっと持ち上げた。

 眼を閉じた麻美の唇に村木野の唇が重なる。

 ホテルのレストランから漏れる灯りが樹々の間から漏れるだけの人の気配のない庭で、冷えていた麻美の唇と頬は時間をかけて温められた。

 やがてゆっくりと離れた村木野の顔を見ることもできずに、麻美は彼の腕を両手でつかまえると肩に温まった頬を寄せた。

「ありがとうございます…」

 その口元から、洩れるようにこぼれ出た小さな声に彼は頭を抱いた掌でそっと応える。

 品川駅の電車の発車メロディの音が、冷たい風に乗ってふたりの耳に届いた。



 日曜日の朝、抜けるような冬の蒼空が広がる横須賀の海をベランダの窓から眺めながら麻美は2週間後の土曜日が待ち遠しくて仕方がなかった。

(湯河原… どんなホテルなんだろう…)

 彼の作品歴を調べればわかるかもしれなかったが、敢えて彼女はそうしなかった。

 彼が用意してくれている感動はその日にとっておきたかったのである。

(何を着て行こうか…)

 あのフェズの夜、深紅のベッドで添い寝してくれた彼は何も手を出してこようとせず、優しく抱いていてくれただけだった。

 彼から見て女としての魅力がなかったのだとは思いたくなかったが、求めてこなかった理由もわからなかったのだ。 
 
 視界の中を僅かずつ移動していく沖の船を眺めながら、あの夜のことが次々と甦ってくると、まだ時間はたっぷりとあるのに麻美はじっとしていることができなくなっていた。

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