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あの日 カサブランカで
第2章 ーあの日 カサブランカでー

「あいてるよ」
圭一の部屋の扉を麻美が軽くノックすると、中から明るい声の返事が返ってきた。
お邪魔します、と言いながら麻美が部屋へ入ると7分丈のパンツとTシャツ姿の圭一がリビングのソファで布シェードの大きなテーブルランプを背にして文庫本を読んでいた。
「寒くないですか?」
「うん、ちょうどいい気候だから」
文庫本を閉じて顔を上げた彼が穏やかな笑顔で応えた。
「すみません、来てしまいました」
「やっぱり怖いの?」
「はい… 広すぎて… 青いし…」
情けなさそうな顔で眼を伏せた麻美を見て圭一は少しだけ笑った。
「ミントティー淹れようか?」
「え? あるんですか?」
ティーパックのミントティーが用意されていることに、部屋をよく見ていない麻美は気づかなかったのだ。
エキゾチックな部屋に漂うミントの香りを感じながら、明日はこの人とお別れなのだと思うと胸が苦しくなった。
「今日はいっぱい歩いたし、あしたも早いからもう休んだほうがいいよ」
翌日麻美はカサブランカからポルトガルのリスボンへ向かい、圭一はドバイへ戻る予定にそれぞれなっていて、8時には宿を発たなければならない。
「怖いならここで寝る?」
穏やかな表情で圭一が訊ねた。
「ご迷惑でなければ…」
「迷惑なんかしないよ」
笑みを湛えて麻美の顔を見た圭一に、ひと呼吸おいてから麻美は意を決したような表情で言った。
「一緒に寝ていただけますか?」
「え?」
「一緒に寝てください、お願いします」
部屋の主をベッドから2晩続けて追い出してソファで寝させるなどということは麻美には到底できなかったのだ。
広いキングサイズのベッドは、間にふたりを隔てるようにクッションをふたつ並べて入れても余裕があった。
「わがまま言ってすみません」
わざと背を向けたと思える圭一に麻美が声をかけた。
「知らないよ、ドラキュラに襲われても」
「ドラキュラはいやです…」
「じゃあ、オオカミ…」
圭一が子供のような笑顔で麻美のほうを振り向いた。
「オオカミなら…」
そう言いかけた麻美の唇にクッションを越えてきた圭一の人差し指が触れ、ベッドライトの薄明りが彼の顔で隠れたかと思った次の瞬間、その唇は彼のあたたかい唇でふさがれていた。

