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天狐あやかし秘譚
第96章 純情可憐(じゅんじょうかれん)
宝生前に促されて、私はガラスの扉を開く。意を決して、バスタオルをとって、シャワーをする。そして、ちょっとだけ考えて・・・

「あの・・・お化粧落とすんで・・・その・・・笑わないでください・・・なのです・・・」

私は厚化粧というわけではないけれども、アイシャドーやアイライナーは強めにしているし、チークも割と濃いめにしている。アフリカのシャーマンみたい、と言われて久しいが、そういうメイクを始めたのは、イメージ・・・というのだろうか、素顔ではないほうが、なんだか自由でいられる気がするからだった。

私がこういうメイクを好むようになったきっかけは自分でもよく覚えていない。陰陽寮で術者として活動し始めたのが12歳くらいからだったが、そのときにはすでにこんな感じだったと記憶している。

土門の家が、私にとって息苦しかったから、かもしれない。

なので、よく考えたら寮の人にすっぴんの顔を見せるのは初めてかもしれない。それで、急に恥ずかしくなったのだ。

リムーバー・・・そして、クレンジング
瞬く間に、素顔の私に戻っていく。

ラブホテルのお風呂には鏡がないので、後ろにいる宝生前の表情を伺うことができない。素顔を見せるのはやっぱり緊張するけど・・・。

意を決して、私はそのままするりと湯船に飛び込んだ。口元までお湯に浸かったまま、ちらりと湯気の向こうの宝生前を見る。

宝生前は風呂イスに腰掛けて、足にタオルをかけたまま、こっちを見ていた。
見た感じ、変な表情はして・・・いないように思うけど、なんとなく、まじまじと顔を見られている気がした。

「そ・・・そんなに女の子のすっぴんを見つめないで・・・ほしいのです・・・」

ぶくぶくっと照れ隠しに泡を吹いてみせる。

「ああ、すいません・・・。いや、素顔のあなたが・・・」
変なところで宝生前がセリフを切ったものだから、私はなんだか気になってしまう。
「素顔の私・・・変ですか?」
尋ねると、彼は首を振る。なんだか妙に優しげな顔で笑って「いえ・・・可愛らしいなと」と言ったので、私の顔は一気に紅潮した。

「も・・・もう!冗談ばっかりなのですっ!」
「そんなことはないですよ?・・・どれ、姫様にご奉仕するとしましょうか。
 さあ、頭を洗いますよ」
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