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約束 ~禁断の恋人~
第5章  変化


 深く刺さったわけじゃない。痛いと思ったのは驚いたからで、毛細血管の集まる指先などは血が出やすいだけ。
「オレも怪我したら、血が出る?」
 手首を離したフィーアに見つめられた。
「当たり前だよ……」
 人間なんだから、と続けようとして言葉を切る。
 確かにフィーアは人間の肉体を持っているが、本人はどのように捉えているのだろう。
 “Z”とDr.を、人間とはまた別の位置づけで認識しているのかもしれない。そんな風に扱っていたのは、僕達Dr.だ。
 絶対服従の関係性など、普通の世の中には存在しない。
 それなのに、チップの中にはその旨が入っている。
「Dr.トモ?」
 俯いてしまった前髪を掻き上げられ、驚いて彼を見上げる。
「痛い?」
 見つめ返され、鼓動が跳ねた。
 フィーアはいつも穏やかに僕を見てくれる。それが妙に心地好いと思っていた。
「ううん。平、気……」
 首を振ってからリビングへ行くと、フィーアが掃除機を使い始める。
 掃除機の音を聞きながら、棚の救急箱を出した。
 中にあったケースを開け、その液状のものに指を差し込む。これで消毒と絆創膏は終わり。昔はテープ状の物を貼っていたそうだが、僕は見たことも無い。大きな傷には、塗るタイプの液体絆創膏もある。
 海もたまに包丁で指を切っていたから、その時はこれを使っていた。
 ここ数日、海のことを考えても涙が出ない。夢も見ていなかった。
 忘れたわけじゃない。それは、僕の心が海の死を認めたからだと思う。
 現実を受け入れなければいけないと。海もきっと、そう言うはずだから。
 フィーアに新しい名前を付けなければと思いながらも、そのままになっている。
 海が事故に遭ってからが凄く目まぐるしくて、今の穏やかな生活に甘えているのかもしれない。
 正直、この状態が変わらないで欲しいと願っている。
 でももしもこの先、フィーアが感情を持ったとしたら。
 誰か女性に恋をするかもしれない。そうなった時、僕は心から祝福してあげられるだろうか。



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