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月光の誘惑《番外編》
第3章 月に臨み、月を望む。

「いいですよ」

 天使かと思った。天使が奇跡をもたらしてくれた、と。
 昇天してもいい、なんて一瞬思ってしまう。
 深呼吸をして、彼女の正面に立つ。

 ……絵の中の、村上ミチそっくりだ。本当に。今さっき絵から抜け出てきましたと言われても信じてしまいそうだ。
 こんな声だったのか。ものすごく好みだ。
 あぁ、本当にかわいい。どうしよう。鼻血出そう。

「では、病院の向かいに喫茶店があるので、そこで、そこでお待ちください!」
「わかりました。二時間待ちますね。二時間待っても先生が現れなかったら、総合案内で先生を呼び出してもらいましょうか?」
「それはものすごくありがたい申し出ですが、寒い中そんなご足労おかけするわけにはいかないので、喫茶店のマスターに連絡先を預けてもらっても……あ、すごく信頼できる人なのですが、見知らぬ人に個人情報を預けるのは難しいですよね!?」

 どうしてもっと、スマートにできないのだろう。上手に誘えないのだろう。
 これではきっと、呆れられてしまう。いい歳をした男がこんなにも狼狽えて、焦って、見苦しい。

「では、先生の連絡先をください」
「えっ? あ、あぁ! その手があったか!」

 彼女は俺の動揺には少しも動じることなく、携帯番号を手帳にメモする。連絡先を聞くことに手慣れているのか、なんて余計なことは考えないようにして。

「では、お待ちしております」

 エスカレーターを降りていく彼女を見送って、そのモコモコの姿が見えなくなったあとで、俺はその場に座り込んで溜め息を吐き出すのだった。

「しまった……俺も連絡先聞いておくんだった!」

 女に慣れていないことが裏目に出て、本当に、本当に、落ち込んだのだ。
 こんなことなら、清い関係でもいいからお付き合いをしておくんだった!

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